電源を入れてください~都市ノォト~
生きていることを記録する
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zenki opの渡部圭祐
鬼神童子zenki opの渡部圭祐

レンタルビデオ屋でzenkiを捜したのだけれど,近所にはなかった。OPスタッフを確認したいのだけれど,今のところ無理。


このシーンが渡部さんかどうかは分からないのだけれど,それっぽくはある。
それともこのようなエフェクトの描き方は,当時は一般的に行われていたのだろうか。
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このあたりのコケ方も渡部さんっぽい。
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おまけ
スクールランブル2・OPの大久保政雄さんっぽいレイアウト。
体液は90年代風。誰がやったんだろう
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近頃の革命家はオプティミストである
『そうだ!革命家に聞こう!』イベントに参加できなくてスミマセン。どちらかというと,こちらから無理矢理キャンセルさせてしまったみたいで・・
お金が無い,そして,原稿を書かなければいけないと云うことで,渋々キャンセルです。暇だったら一人で行ってみてください。塩見孝也や鈴木邦男と殴り合えます。

明日の予定
演劇テント劇団 野戦之月『海峡と毒薬』

明後日
演劇A.P.B 『狂人教育』

オリエンタルラジオ=オッペケペー節論 その2
意外と反響があったので,少しばかり追記すると,ようするにオリエンタルラジオの漫才は,100年前に流行った,川上音二郎のオッペケペー節のころから実は何も進化していないと云う話。
リズムに合わせて7・5調というのは,確かに聞き取りやすいのだけれど,笑いとしては全然新しくはない。むしろ超古典的。
その古典的笑いを,どうイジるのかが,彼らの将来にダイレクトにつながってくるのだろうけれど,フリートークの駄目さを見ていると,どうしても支持する気にはなれない。収録中に,「アッちゃん かっこいー」と黄色い歓声が上がって,それに対して"照れ"しか表現できない人間を,果たして芸人と呼べるのか。笑いに対して攻める姿勢が足りない。(毎度の話だけどお前何様だよ。すみません度が過ぎました。) 


オッペケペー オッペケペッポ ペッポポー



アイドルプロジェクト OPについて
あんていなふあんていダイアリーさんより
http://d.hatena.ne.jp/takeshito/20060527

まぁtakeshitoさんからは,かなり影響を受けているわけですが(笑),少し違うなと思う箇所があったので一応レスポンスです。

アイドルプロジェクトのOPに関しては原画マンのテロップが付いた映像ファイルが以前出回っていましたよね。僕も実家のパソコンの中にマダあると思います。

それを最後に見たのがかなり前なので,うろ覚えなのですが,一応覚えている範囲内で原画マンを特定していきたいと思います。


ここ最初の連続止め絵は確か長谷川眞也さんだったような気がします
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その直後のカット,ここは間違いなく石原満さんですね。
輪郭線が特徴的です。
そして,アゴ(顔)が面白いくらい不自然に揺れています。
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この直後のカットでまたアゴ(顔)が・・・なので,ここも石原さんだと思います。こういうノビも得意な方のようです。
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この前後までが石原満さんだと思います。
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今の絵柄からは余り想像できないのですが,ここは確か斎藤久さんだったと思います。"顔のない月"の第一話でお世話になりました(笑)。それと"怪 ayakashi"にも参加されていましたね。ムッチリした太股をかくのが上手い方です。
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変身シーンは後藤圭二さん。これはほぼ確定だと思います。最近はEDのコンテ師としてもがんばられています。
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ここが誰だか分からないのですが,消去法でいくと,名和宗則さんでしょうか?わかりません。
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このバイクシーンから以降が渡部圭祐さんですね。金田調なので一目瞭然です。
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あくまでも記憶とフィーリングで判別しているだけなので,全てを鵜呑みにしないで下さいね。本当はなるべく適当な発言はしない方がいいのでしょうが,来週の金曜日に実家に帰省するので,その時に答え合わせをしたいと思います。
オリエンタルラジオ=オッペケペー節論
何も履かずに半裸で寝ようとしたことを許してください。
酔った勢いで股間に飛びついたことを許してください。
イビキが五月蠅くてスミマセン。

シャンパーニュワイン,とても美味しゅうございました。
カミュ ナポレオンは微妙でした。3700円として考えたら妥当だと思うけれど,19000円として飲むと,うむむむ。
素直にオールドパーに手を伸ばすべきでした。
コニャックなんて初めて飲んだし,貴重な体験でもあったから,まぁいいか。

それから家に持って帰って,いつも通り,ダイエットコークで割って飲んだら,これが旨い。多分今まで飲んだ中で一番旨いコーラ割り。

下層階級はなんでもコーラで割ろうとするからいけませんよね。しかも旨いだって。(プッ)味覚音痴も甚だしいですね。ゲラゲラ

傘を高円寺に置いてきてしまいました。大切に使ってあげてください。

そのうち,無力無善寺に行くと思います。

ホッピーが飲みたかった。




5月29日で22歳になった。

そんな"名義上"予備校生は,未だに原稿が書き終っていない。
ごめんなさい,ごめんなさい 委員長さん
あと2日待って
今石洋之の仕事 外伝
批評家もまた批評さる さんより
http://d.hatena.ne.jp/grips0087/20060528/1148833198

※歪む薬莢に注目して見て欲しい。本当に今石さんは天才だと思う瞬間。
とあるんですけど、薬莢が歪む過程がスゴイのか、

歪んだ薬莢を飛ばすという表現を発明したことがスゴイのか?

でも歪んだ薬莢って98年に1巻が出てるHELLSINGでやられてるし違うか。(まほろが01年)

コメントで聞くのもはばかられるので、今度友人に見せてもらって確認しようかな。

しかし、もう二度も見てるのに薬莢はあまり印象にないですな、

強烈なパースのほうに目が行ってしまって・・。

たぶん見事に歪むんだろうな、薬莢が



色々と突っこまれてしまった(笑)

>たぶん見事に歪むんだろうな、薬莢が
いえ,一瞬ですよ

今石さんは銃弾を使ってよく遊ぶのです。
たとえばフリクリの5話などが有名ですね。発射後の弾丸を斬ったはずなのに何故か薬莢が付いたままだったりするシーンや(口頭で説明するのは難しいな・・)※1,あるいは5話の冒頭で,対戦車ライフルを一発ずつしか撃っていないのに,何故か薬莢が5~6個飛び出してきたりと,彼は薬莢(銃弾)の表現方法に対して,かなり拘りのある方なのですよ。
薬莢(銃弾)で遊んでいると言い換えてもイイでしょう。
なにせ,「描き込まれる薬莢の数とアニメの面白さは正比例する」と言ってのける人ですからね。

※1-コンテ描き間違い説もあるが,僕はこだわりだと思っている


今石洋之さんと金田伊功さんの合作で有名なのが『武蔵伝』ですね。
確か,絵コンテ・金田さんで作画監督・原画・演出が今石さんだったような。
キャプチャしてみる

お約束の"ベンツエンブレム"光
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コサックダンスのような『今石ズッコケ』
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アゴを"ピーン"と張らせる見せ方は完全に金田パース
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そして無駄に多い薬莢
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『武蔵伝』は余り評価が高くないみたいだけれど,僕は好きです。

それと別に僕は熱狂的な"今石信者"じゃないので,べつにそんなに謙遜なされなくても良いですよ(笑)

とぅ
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湯浅政明の仕事 その1
某所でちびまる子ちゃん(TV)の湯浅の仕事が話題になっていたので,僕も劇場版からネタを引っ張り出してくる。

これがちびまる子ちゃん(TV版)OP
湯浅独特のパース
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湯気のような雲(色つき)
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湯浅の作品に良く登場するデフォルメされた動物
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以下が劇場版ちびまる子ちゃん 湯浅パート
道路には色を付けずにはいられない体質
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湯浅政明さんは人を絵で楽しませるのが本当に得意。
僕もこういう目で世界を見てみたいもの。

なんだか湯浅説に否定的な意見が出ているけれど,僕も『ハミング』は湯浅だと聞いたことがある。聞いたことがあるだけで,作画からは判断できないのだけれど・・・
http://www.youtube.com/watch?v=m0c1Q_Q1R6Q

※船越英之さんだという意見もありました。wikiにもそう書いてあるそうで,多分,こちらの方が信憑性が高い情報かと思います。
ロトスコープの応用例
POLYSICS - Electric Surfin' Go GoのPVより

http://www.youtube.com/watch?v=uWpPzFJkIG8

ロトスコープはそのまま使うと凄くつまらない映像になることが多いのだけれど,それを克服しているという点で希少価値のある映像。これはトゥーンシェードでもいえること。
涼宮ハルヒのEDは,アニメーション的な面白さ(ケレン味)が余り感じられない。(なに偉そうなこと言ってんだコイツ。)
実際は使っていないらしいけれど,あまりにもトゥーンシェード臭すぎるんです。確かに動きは可愛いし,ポイントは高いのだけれども,でも小じんまりとしすぎているというか,アニメ特有の何かが足りない。(これは,ヤマカンさんが敢えて排除しているためだと思う。事実OPは,やりすぎな位のアニメ的ケレン味に溢れている)

EDの実写的な動きは,確かにそれはそれで"アリ"なんだけれど,ハルヒが人間的な動きをするより,もっとぶっ飛んだ・大袈裟な動きをしてくれたほうが個人的には萌えるわけですよ。ただ,そういうものを排除するという映像に対する"こだわり"は嫌いではない。

ハルヒEDのコンテもやられている山本寛さんが,かつてハレグゥのEDに関して言及していたと思うのだけれど,できるならあの方向性でせめて欲しかった。作品の目的(作風)が違うということは分かるんだけれど,作画好きにとっては,実写的であるだけでは萌えられないんだな,これが・・・
(ただ単にハルヒEDが持ち上げられ過ぎているのが気にくわないというのもあるのだけれど・・・わがままなやつ)

ハレグウ ova ED
http://www.youtube.com/watch?v=by4yFwoYf0M
何度見ても,最後の,胸毛オヤジのステップは凄い
やはりこういう大げさな表現を褒め称えてしまいたい傾向にある。

コンテ・演出
水島 努
作画監督
 釘宮 洋
原  画
 末吉裕一郎、大塚正実
 加来哲郎、釘宮 洋

大塚正美さん
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一応opも
http://www.youtube.com/watch?v=hPCKwcYCtJ8

女子高生のEDもやはり嘘くさくて,いや,泥臭くてイイ。
http://www.youtube.com/watch?v=1xbMhzdjBSU
こういう梅津泰臣さん独特の泥臭いアニメーションは,萌え全盛期の今の時代にあって,やはり新鮮に映るんですよね。

以上よくある年寄りの愚痴。
今石洋之の仕事 まほろまてぃっく 第4話
まほろまてぃっく 第4話

フリクリ以降に多分僕が初めて今石洋之の名を意識した作品から

まほろまてぃっく 第4話より

※中割り(動画)がほとんど無いのが特徴。ほぼ全原画のアニメシーンと言って良いと思う。

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モブの顔が面白いくらいに今石洋之調

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いったいこの人には,世界がどのように見えているのだろうか?

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よく今石洋之は金田伊功のフォロワーで独自性がないと言われるけど,そんなことはない。今石さん以外はこんな極端なパースをとらないと思うし(笑)
※歪む薬莢に注目して見て欲しい。今石さんのセンスを感じる瞬間。

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デッドリーブス? この陰影の付け方はダロスの影響だそうです。(冗談?)

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今石洋之お得意のVの字開脚

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明らかに狂ったデッサンを一コマいれることでケレン味を演出

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山下系の煙と十字架線

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十字架光(黄色バージョン)

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歯の描き方と口から出る煙に注目。


今石洋之のエフェクトはグラフィティ(スプレーの落書き)に極めて近いと思うことが良くある。
本人が意識しているかどうかは知らないけれど,角の付け方がそのまんまグラフィティなんだよなぁ。
オタク is deadの反応に対する,岡田氏と思われる人間からのレスポンス
kasindouの日記さんより

http://d.hatena.ne.jp/kasindou/20060527#p1

以下引用

岡田氏本人による文章と思われる

オタク・イズ・デッドの感想や、それ読んでの孫感想を見ました。
イベントに直接来た人はともかく、来てない人がレポートだけ読んで、自分のブログに「岡田はこう言ったそうだけど」と書いた上で、それに反論したり納得したり。
も~、みんなオッチョコチョイさんだね(笑)
「ぼくたちの洗脳社会」でも「情報社会とは、ソース情報が流通する社会ではなく、情報に対する解釈が流通する社会だ」と書いたけど、まさにそのへんを実感しました。

イベントに来てない人にはわかりにくいだろうけど、僕が定義するようなオタクが少なくなったのが問題じゃない。
そんなのは単なる「時代の趨勢」だよね。
「時代の趨勢」というのは原因から結果へとめぐる「歴史的必然」であって、それを悲しむような懐古趣味はあいにく持ち合わせていない。
最初の著作「ぼくたちの洗脳社会」から一貫して僕のスタンスは「来る時代、拒まず」だ。

僕は先日のイベントでひとことも「最近のオタクはダメだ」とか「いまのアニメはつまらない」とか言ってない。
「昔のようなオタクが減ったのはケシカラン」とも言ってない。
そのように受け取った人がいても、それはその人の「理解の限界」であって、それに反発されたり賛同されても困るばかりですよ。

また、イベント中に定義した「オタクとは」というのも、「僕はこう考えてるけど、もちろん君たちとは違うでしょ?」という基準線でしかなく、いわゆる系論の一部だ。
重要な本論は「貴族→エリート→アイデンティティ」という流れの変化そのものであり、問題の本質は「共通文化への忠誠心を含む、同族意識の淡泊化」なんだけどね。

インディアンや在日韓国人の例を出して説明したんだけど、そのところをレポートした人がほとんどいないのが残念。
でも、あの部分こそが「なぜオタクが死んだ、といえるのか」のキモのはずだよ。

ま、イベントでは言うべきことは言ったから、いいや。
しんどかったけど、楽しかったです。
夏コミで同人誌として出すので、興味ある人は読んでください。

でもあんな少人数のイベントなのに、ブログでいろんな人が語っているのは驚いた。自分で言ったことなんだけど、本当に「オタクであること」がアイデンティティである人たちがこんなにも多くいる、ということなんだろうね。



イベントに来ていない人が書いた文章は,やや問題提起がズレているというのは,まさにその通りだと思う。
オタクは死んだ オタク is deadという,あおり文句にのみ反応してしまった感じ。これは僕も含めて,反省しなければいけない点であると思う。

>インディアンや在日韓国人の例を出して説明したんだけど、そのところをレポートした人がほとんどいないのが残念。

この点に関しては僕はちゃんとレポートできていたので良かったかな。なにが良いのかは知らないけれど(笑)

確かに,オタク問題のアイデンティティへの介入というポイントに関して,言及している人は殆どいなかった。オタクのバリアの話しもそうだし,文化の崩壊の過程についてもそう。

岡田が強調したかったのはオタクの死ではなくてオタク民族の崩壊(離散)なんだと思う。あるいは共通意識の崩壊。オタクならこうあるべきであるという,意識の崩壊。


つまりオタクの難民化(クルド人化)そして最後に訪れる文化の忘却。現在の在日朝鮮人などが抱える問題と同じような種類の問題。

・オタクになるためには厳しい修行が求められるため,オタクのハードルは高く,そのハードルが軟派な他者を排除するための独特のバリアとして機能していた。

・文化・民族を維持し保護するものは,まさしくその排他的バリアである。(例 ユダヤ人・在日朝鮮人)だが今現在,オタクになるためのハードルが低くなり,その結果バリアが消え,オタク民族の共通意識が消えてしまった。
(オタク統一民族という集合体・コミュニティー・社会・幻想の崩壊)

・オタク選民思想(ユダヤ教)から,みんなのオタク(キリスト教)へ,移行(軟化)。

・"萌え"という概念がオタクのジェンダーやセクシャリズムに深く介入し始めたために,オタク趣味が個人の自己同一性にとって,より重要度を増すことになる。それ故に,幅広い知識よりも特定作品・人物に対する深い愛が重要視される時代が到来することとなる。
(オタク=2次元コンプレックス という認識の固定化)





もう一度イベント全体に対しての,再論の余地がありそうだ。
オタク is dead のイベントは『プチクリ』の前フリ(宣伝)に過ぎなかったのか?
同人生活文化総合研究所さんより
http://www.st.rim.or.jp/~nmisaki/


 昔ながらの関西芸人、ベシャリはうまいので、SFが滅んだ経緯とか、「第一世代は貴族主義、第二世代はエリート主義」とか、「女子オタクにとってオタクは趣味ではなく自意識の問題であり、第三世代にとっても自意識の問題になりつつあるから、まとまらない」とか言いつつ、「オタクは死んだ」と規定したわけですが……。

そこで話を終えてしまえば「まだ」いいものを、「復活祭」と称して最後に「オタクが死んだ後の生きる道」を説明したわけですが、「みんなが自分の好きなモノを信じて、自分が主体となって好きであることを発信していくこと。つまりは『プチクリ』」だそうな。

ええええええええ!!!!!!

 ようするに、これまでの2時間半は、「プチクリ」の前の壮大な前振りだったわけですか……(ガクリ)。しかも、復活祭の最中に、ステージ上で感極まって涙ぐむことしばしば……。何ですかこのイベントは?



岡田が泣いたと云うことで,我を忘れている人が多い中(僕を含め)唯一冷静に岡田の行動を分析している人の感想。

みんなオタクは死んだという荘厳なキャッチフレーズに踊らされているけれど,岡田が本当にいいたかったことは(イベントの最後に結論としてまとめたことは),プチクリがオタクを死や破滅から救済するということであり,これはまさしく宗教や終末思想と同じやり方なんですよね。

「このままじゃ地獄に堕ちるぞ!!それがいやならこの偶像を拝むんだ!」

ってなかんじで。そしてその偶像として『プチクリ』を提示してきたと。


オタク is dead参加者からの反応という題名で,リンクをまとめてしまったけれど,よく考えれば,あのイベントに参加した人はごく僅かなんで,ほとんどが,又聞きか,まとめサイトへのレスポンスでしかない。

つまりあの会場の異様な雰囲気を知る人は余りいないと云うことになる。
どこかのまとめサイトも言及していたと思うんだけれど,岡田が泣き始めたときに会場から笑いが起きたんです。その笑いが何を意味していたかというと,「また岡田のホラ吹きが始まった」,みたいにみんなが考えていたと云うことだと思う。
つまりこれはネタだと一瞬でみんなが反応した。

ところが余りにも長く,岡田さんが声を詰まらせているので,マジだと云うことに気が付いて,最後には割れんばかりの拍手喝采。日本人の悪い癖というか,涙にはとことん弱い。僕もやや斜に構えていたつもりだったけれど,ついつい拍手してしまったし,岡田の涙がすべてプロデュース業の一環であるかもしれないという可能性を完全に忘れていた。

前にも指摘したのですが,どう考えてもオタクの死と彼の提唱するプチクリは結びつかないんです。前の記事で,30代による啓蒙的なプチクリがオタクを救済するとも書きましたが,それは僕の勝手な(友好的)解釈であって,岡田はその点にはまったく触れてはいないんです。

プロのライターは偉いなぁと思うのは

 同じテーブルに居合わせた口の悪い事で有名な某ライターは終了後「壮大な茶番。『オタクが死んだ』ということで第一世代・第二世代の書き手達をまとめて焼き払おうとする焦土戦術」と、舌鋒鋭く罵っておりました。ちょっと言い過ぎだけど当たっているところはあるよなぁ(苦笑)。



と場に流されることもなく,岡田の言いたかったこと・やりたかったことを指摘できているということ。

つまり今回のイベントで岡田さんがやりたかったことは

・オタクを殺すこと
・若手オタク評論家を批判すること
・プチクリ教を布教すること

の三点にあったと言ってもいいと思います。
みんな最初のオタクを殺すことにしか反応していないけれど,実際イベントでは,若手オタク評論家の批判にかなりの時間を割いていたんですよね。

そして,オタクは死んだと言うことが主題ではなく,プチクリはオタクという概念に取って代わる僕らの救世主であるという一点がメインテーマだったのだろう,そう判断するのが妥当だと思うわけです。若手を潰しておくことも忘れなかったのは,彼なりのお茶目なんでしょう。


「第三部は,オタクの復活祭です!」といってのけ,そのあとプチクリの説明に入ったのが,印象的なシーンでもあった。


イベントの名前に完全に踊らされてしまった,そう愚痴をこぼすしかない。
壺を買いに行ったつもりが,いつのまにか集団セミナーに参加することになっていた,みたいな。


つまり今回の一件で『オタク is dead』に反応していた僕たちは,岡田にまんまと踊らされていたと・・・『プチクリ』を広めるために一役買ったと,そういうことなのでしょうか?

ああ,なんでこんなことに熱くなってしまっていたんだろう。反省。。


語り得ないものに遭遇したときに,ついつい批判してしまう人たち
語り得ないものに遭遇したときに黙する必要はないと,僕も思う。
だが世の中には,語り得ないものに遭遇したときに,ついつい批判を口走ってしまう人たちがいる。彼らはなぜ黙っていられないのか。そしてどうして安易に批判を選んでしまうのか。

ハルヒ第8話の実写パートに対し不快感・嫌悪感を訴えた人たちや,あるいは,昨日のサムライ7の森久司パートを見てついつい攻撃的批判を口走ってしまった人たちがそれに当たる。

作品の演出意図がくみ取れないことを他人のせいにするという態度が色々なブログなどで見受けられ,なんだかなぁと思うことが多い。

せめて絵コンテや演出担当の人の名前をメモっておいて,関連事項や過去の作品を調べてから批判するのが道理というものではないか。そういう精神性が必要とされているかと言えば,されていないのが悲しいところでもあるのだけれど。だけどさぁ,追求するのがオタクでしょ?形容詞ですませていいの?

天の声「いいんだよ 今はそういうことになってる」

オタクの階層化。
万人がオタになれる時代に,倫理も共通意識も糞もあったもんじゃない。
例え"ハマス"にアニメオタクがいたとえしても,ユダヤ教は認めないだろうし,ユダヤのアニオタと仲良くなることはないだろう。僕が茨城出身であるからといって,茨城出身者と誰とも仲良くなれるとは限らないのと同じように,オタクもオタクだからとって誰とでも仲良くできるわけではない。そしてそこは共通意識なんて微塵もない。むしろ近いが故に,そこにある明確な対立や差異,相違の存在に気が付いてしまう。これは紛れもない事実。土浦と水戸の違いなんて,県外の人間には理解できないだろうけれど,県内の人間には,そこに,ユダヤ教とキリスト教の間の横たわる差よりも,もっともっと大きな差異を見いだしてしまうのだ。それが現実。

逆に,茨城出身と云うだけで茨城出身者とは誰とでも仲良くなれると信じていたのが岡田斗司夫。本人も自覚しているように時代錯誤は否めない。

オタク第三世代はリアリストなんだよ。きっと。




『神作画に,みんなアガってるぜ~ イエェェェイ 俺は今日"神"を目撃したんだぜ!!』


神が投げ売りされる時代。八百万の神様,一匹一律10円,だけど神は神だから権力があって偉い,みたいな。いっとくけどクビシメロマンチストネタではありません。



みんなで「イエェェェイ」っていうだけなら,吉祥寺にある7畳しかないバウハウスでも出来るよ。


そういう軽さにアンチを唱えるのが,岡田の唱えたオタク像であったのだろうけれど,逆に今は軽さを求める人がアニメやゲームや漫画にはまっている感がある。考えなくてすむからアニメや漫画を見てるなんていわれるのは最大の屈辱の筈だ。それでいいのか!若者よ!!!

天の声「いいんだよ 馬鹿 氏ね!!」



それと同時に,ノリだけで作品を肯定してしまうのも,いかがなものかとも思う。神の大安売りも,その一例に過ぎない。

繰り返しになるが,(誰かさんが言ったように),やはり形容詞というものは何かを語っているようで,実は何も語っていないのである。感動を口にするとき,感嘆詞だけでは,まるで猿だ。いや別に猿でもいいんだけど。むしろ猿になりたい。


うっひゃーーーー!!!!ぎょやぉえーーー!!!



『良い作画,悪い作画』


そのたった4文字で感動を表すことは僕には出来ない。そして語り出したら止まらない。

オタクは語ることとみつけたり,みつけなかったり。

感動詞だけでは感動を表現できないと気が付くところからオタクの道は始まる。そしてそんなスタートラインに立つことすら出来ないでいる自称オタクは日本に何人いるのか。このようにしてオタクはセクト化していくのだ。


だが,綿谷りさを純文学として認められないのと同じように,僕にも認められないことはある。それを羅列していくのがブログというものだ。
文句があるなら僕を殴って見ろ!!

「僕だって,プププ」

形容詞のみで納得してしまうオタクをやはり嫌悪してしまう。やはり,感動には根拠が欲しい。原因と結果の両方があってこそ,初めてそこで論は成り立つのだ。意味もなく笑ったり,泣いたりしたら,心の病だよ。


意味が分からなければ,その場で調べればいい。
居酒屋で吐く愚痴とは違い,web上で吐く愚痴は意味を持ってしまう。
森久司&奥野浩行コンビに対する,ちゃねらーの容赦ない反応
オタクとしてのセンスが無いヤツが,自らをオタクと呼ぶようになったことが,問題を深刻化させたのではないだろうか。

きのうのサムライ7 第7話の実況ログをみて,そんなことを考えた。


以下実況ログから引用

2974 名無しになるもんっ♪ sage New! 2006/05/27(土) 00:34 ID:???
また、うつのみやか・・・・あいつ氏ねよ
2992 名無しになるもんっ♪ sage New! 2006/05/27(土) 00:35 ID:???
>>2969
うつのみやかー
2993 名無しになるもんっ♪ sage New! 2006/05/27(土) 00:35 ID:???
くれしんみたいな作画棚
2995 名無しになるもんっ♪ sage New! 2006/05/27(土) 00:35 ID:???
>>2952
アクエリオンの変な回やった人か?
2998 名無しになるもんっ♪ sage New! 2006/05/27(土) 00:35 ID:???
作監なにやってんの?絵柄違いすぎるよ
3010 ( ゚パ)52 ◆52livezkOI sage New! 2006/05/27(土) 00:35 ID:???
ものすごい作画だなw
3011 名無しになるもんっ♪ sage New! 2006/05/27(土) 00:35 ID:???
アニメは動いてナンボだ、もっとやれ
3025 名無しになるもんっ♪ sage New! 2006/05/27(土) 00:35 ID:???
>>3004
印象派な作画は求めてないから
3026 名無しになるもんっ♪ sage New! 2006/05/27(土) 00:35 ID:???
なんだよこの絵はwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
3060 名無しになるもんっ♪ sage New! 2006/05/27(土) 00:36 ID:???
>>3004
あいつは基本的に視聴者からは嫌われてるよ?
一部のプロ気取りのオタと製作側からは好かれてるけど
3064 名無しになるもんっ♪ sage New! 2006/05/27(土) 00:36 ID:???
なんでこんなゆらゆらした動きなんだ?
3073 名無しになるもんっ♪ sage New! 2006/05/27(土) 00:36 ID:???
今来た
今日の作画はどうしたんだ?
3053 名無しになるもんっ♪ sage New! 2006/05/27(土) 00:36 ID:???
全編この絵ならまったく文句はないが
3086 名無しになるもんっ♪ sage New! 2006/05/27(土) 00:37 ID:???
動く動く
3096 名無しになるもんっ♪ sage New! 2006/05/27(土) 00:37 ID:???
うつのみやは、一人で漫画かアニメ作ってろボケ
途中から紛れ込むなや
3100 名無しになるもんっ♪ sage New! 2006/05/27(土) 00:37 ID:???
おー動く動く



以上 サムライ7第7話の実況スレから引用。

多分「あ~きない~する~なら こういうぐらいにしやしゃんせ」
のシーンの実況だと思うけれど,なんでもかんでも"うつのみや"って・・・,キャラクターが崩れたら全部うつのみやか!
残念ながら,うつのみや理はサムライ7に参加していません。

こいつら森久司も知らんのかと,岡田氏がオタクを闇に葬り去りたくなる気持ちも分かる気がする。
というか,この実況の人たちはオタクとしてのセンスが無さ過ぎる。
(オタクじゃないかもしれないけれど)

こういう一見不思議な演出が挿入されたときに,どうして理解できない(反応できない)自分を疑わずに,安易に制作者を批判してしまうのか,僕にはまったく理解できない。

しかも自分は体制側に立っていて,正しいことを言っていると信じ込んでいる節が彼らにはある。

キャラクターデザインを養護するほどまでにsamurai7が好きならば奥野ぐらい知っているだろうし,もし奥野を知らない身分であったら,なおさら,批判できないはずだし,黙するべきだ。
自分に知識が無いことを何故彼らは疑わないのか。
そして,どうして『今,俺は面白いものを目撃している!!』と考えずに,批判に走ってしまうのか。
アニメは見て楽しむものであり,愚痴をこぼすものではない。つまり,アニメ視聴に対しての基本的な姿勢がなっていない,というか全くそのようなことを気にしていないのだろう。

アニメ見るの止めたほうがいい自称アニオタは少なからず存在する。つくづく思う。



森久司と奥野浩行が半パートずつ一人原画を描くなんて,奇跡でしかないというのに。地球がひっくり返っても二度と拝めない話数に対して,瞬発力で暴言を吐くなんて,やはり信じられない。信じる必要もないが。


以下 すべて(原画)森久司

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それにしても凄い顔だ

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オタク is dead 参加者からの反応 まとめ
自分が見つけた限りの反応を掲載しておく

読み比べてみればわかるが,やはり世代によって食いついていくネタや評論の切り口が違う。そして結論や,それに至るまでの論法も当然違う。

共通しているのは肯定派も否定派も,おのおの方法で岡田に必死に"抵抗"しようとしていることか。"オタクは死んだ"と聞いて,なるほどやはりそうだったかと,頷くだけの感想は余りない。むしろ,"今更か"という発言が多い。みな,うすうす気づいてはいたと云うことだろうか。だが皆の口にする,その"今更か"を,論理的に言語化するのが評論家の仕事なのだ。岡田自身がどうまとめてくるのか,示しを付けてくるのかが今後の一番の楽しみでもある。

オタクは死にました
http://d.hatena.ne.jp/kasindou/20060524
http://d.hatena.ne.jp/kasindou/20060525

オタキングの涙・・・
http://d.hatena.ne.jp/ADAKEN/20060525/1148484907

オタキングの言葉はロフトに来なかった人たちに向けられるべきだった
http://d.hatena.ne.jp/derorinman/20060527/1148715704

オタク is dead に行って来た
http://hoel.seesaa.net/article/18421648.html

オタクとしての倫理なんて誰にもおそわってねぇ!
http://d.hatena.ne.jp/dr_y/20060527#1148731886

オタクを廃止しよう
http://d.hatena.ne.jp/terasuy/20060526/p1

マクドナルド化するオタク社会
http://d.hatena.ne.jp/kagami/20060526#p12
飼いならされるオタク達(オタクのF1層化)への抵抗というのは凄く良く理解できる。

オタクは死んだ発言の反応に対する反応
http://d.hatena.ne.jp/kir_royal/20060527

オタクの死は必然であった
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20060527

逆にネットの普及がクリエイティブなオタクの出現を阻害している
http://d.hatena.ne.jp/ishijimaeiwa/20060526


その他もろもろ
http://d.hatena.ne.jp/tuspico/20060525
http://d.hatena.ne.jp/mkaneda/20060526
オタク=青い鳥論
http://hello.ap.teacup.com/projectzero/325.html
オタキングも死んでいた
http://d.hatena.ne.jp/AKIYOSHI/20060525
オタクは二度死ぬ
http://fragments.g.hatena.ne.jp/nisemono_san/20060525/1148557159
オタクは三度死ぬ
http://d.hatena.ne.jp/nakedhisami/20060525
岡田氏は大塚や金田達をオタク類人猿と呼んだ
http://bono.chips.jp/archives/2006/05/dead.shtml
オタクはロックだ!断じてサブカルではない!!
http://d.hatena.ne.jp/kaizenai/20060526#1148651420



特筆すべきは彼
http://www.doblog.com/weblog/myblog/21135/2585010

なんか書く前に自分の立ち位置について書いておくと、俺は他人に自分はオタクと公言してないし、オタクですかと聞かれても実際に答える時には迷ってしまうくらいの立ち居地にいます。エロゲだってfateとかグリーングリーンとかデモベとかしかやってないし、アニメもDVD大量購入するわけでもなく(モチロン週に3本も見てもない)、そして童貞。



べつに批判している訳じゃないけど,彼のような『なんだかよくわからないけど,未だにちょこちょこアニメをみてエロゲーやってます』という層に対して岡田は苛立っていたのだと思う。僕は全然構わないと思うけれど,この手の薄いオタク層を許せない人たちもいる。


あとでいろいろとコメントをくわえていきたいと思う。

僕と同じように,岡田氏の唱えるオタク=武士(男根主義)と捉えている人がいた。同じ世代なのだろうか。僕は本来あまり世代論は好きではないのだけれど,ここまで綺麗に,世代別に意見が分かれると,どうしても世代論に頼るしかなくなる。

また,『オタキング is dead』という表現も,ちらほら見受けられる。


岡田斗司夫はあの場で切腹したと見るべきだろう,三島某と同じように。そして僕らが森田必勝なのである。

だがやはり,『オタクの玉音放送』という表現が一番言い当て妙な気がしてならない。多分これから辛く厳しい『オタクの戦後』が始まるのだろう
オタクイズデッド ? オタク・イズ・デッド  ? オタク is dead ? otaku is dead ? オタクは死んだ? 岡田斗司夫 is dead ?岡田斗司夫へのレスポンス その3
オタク民族の復興の為に必要なこと(総論)

オタク民族の復興のために必要なこと,それは第一世代・第二世代のオタク達による啓蒙(表現)活動にあると思う。

(※ 岡田さんもそういいたかったのかもしれないけれど,プチクリという語感のせいで,曖昧なものになっていたと思う)

つまりプチクリという名の啓蒙主義(活動)がオタク民族の復興につながると,そう思うのである。考えてみて欲しい,今のオタク達に決定的に足りないのはオタクリテラシーと,オタク選民意識である。そして啓蒙活動に従事できるのは,それらを肌で知る先輩オタク以外に他ならないのである。
若いオタクに必要なのは,オタクとはどのような存在であるか,という外からの規定ではなく,内からわき起こってくる情動である。知りたいという意識,あるいは欲しいという欲望,こうなりたいという願望,つまりヘーゲルやラカンの言うところの『他者の欲望を欲望する』意識,それが低下してしまったことが最大の問題なのである。
敢えてその原因を求めるならば,オタクの先輩達に矛先が向くことになる。
その意識(情動)を低下させてしまったのは,もしかしたら,オタクの先輩達のせいなのではないのかと・・・。

これが好きだ!!と過剰に自分の趣味性を主張することしかしなかった世代は,後輩にそれが何故好きなのかを説いてこなかった。
「この作品のおもしろさが分からんのか,けしからん!」
そんな説教を僕は何度も受けたことがある。
価値が分かることが前提で,分からない人間への伝道を明らかに怠ってきた。ただの自我の押しつけに終始。
それではコミュニケーションが成り立たない。

つまり,子孫繁栄を軽んじ,念頭に置いてこなかったのである。


過去を知ることの重要性を後輩に説いて聞かせようとしなかったのは誰か?

あの時代を覆っていた雰囲気,価値観,思考、情報などを後世に伝える努力が足りなかったからこそ,いまの世代間の断絶があるのではないか?つまり,オタク民族復興のためにプチクリすべきなのは,我々の世代(第三世代)ではなく,30代40代の古株の方々なのではないのか。

ウェブが普及して久しいが,若いオタクの啓蒙・教育ために活動する古株オタクがどれだけいるのか。みな自分のことばかりに熱中して,後生のオタク意識の発展のことなど微塵も考えていなかったのではないか。

(※アニメスタイルなどは,若いオタクの教育に尽力している感がある。その奇特さ故に支持される)

子どもに昔話を聞かせる父祖のように,後輩に昔話という名の虎の巻を伝授する古株オタクの存在(親権性)が希薄であったからこそ,子ども達は好き勝手なことをしているのではないか。








ビバ オタク啓蒙主義

万歳 オタク啓蒙活動

オタクの未来は30代40代の啓蒙活動にかかっている。僕はそう考える。






岡田斗司夫は啓蒙家としても一流であると僕は思っている。オタキングはまだ死んではいない。死なれても困る。オタクもまだ,かろうじて生きている。オタキング二代目,もしくはゼネプロセカンドインパクトが,何時の日か現れるように,これからも岡田氏には尽力して欲しいと思う。
オタクイズデッド ? オタク・イズ・デッド  ? オタク is dead ? otaku is dead ? オタクは死んだ? 岡田斗司夫へのレスポンス編 その2
そろそろ『オタク is dead』の感想(レビュー)がネット上にupされ始める頃だと思う。僕も,あの空間に遭遇してしまった以上,責任を持って岡田氏にそれなりのレスポンスをさせていただきたいと思う。

まず始めに,あのイベントに参加し,数日経過してもなお,僕の脳裏に最大の疑問点として残っていることは,なぜ岡田氏が最後に涙を見せたのかということである。

結論から云うと,岡田氏のあの涙は"家族の葬式で流す涙"或いは"ペットが死んだときに流す涙"だったのではないかと僕は考える。というかそういう風にしか思えなかった。自分が育て上げてきたオタク民族やオタクカルチャーが死んだ(死にそう),あるいは今,ロフト+ワンで自分の手により殺そうとしている。だから感慨深くなって泣いてしまった。そのように解釈するしかないのである。

もしくは,あそこで『オタキング 岡田斗司夫』の葬式が行われた。そういう風にも解釈できる。

自分が死んで泣かない人間はいない。

『オタク is dead』のイベント名が『オタクキング is dead』に思えた客は多かっだろう。僕もその一人だ。

「新しい時代を作るのは老人ではない」
と,のたまったのは,かつての赤い彗星だった。
オタクが死んだと云うことはオタキングも同時に死んだのである。
そして僕ら若い世代は,古い体質のオタクに死なれても余り困らない。それどころか「あれも見てないのか,こんなのも知らないのか,お前は本当にアニメが好きなのか」と,お説教を聞かなくてすむから,死んでくれた方が気楽でさえある。(失礼な表現ではあるが・・・)
インプットと収集に精力を出す時代は確かに終わったのだ。

ニュース速報vipやブログを例に出すまでもなく,これからはもっと"ライトでニート"な感覚の,弱々しいオタク像が主流になっていくのだろう。
情報を大量に有するオタクよりも,オフセットで同人誌を作れるオタクよりも,飲み屋でさらりと誰にでも分かるオタクネタを引用(コピーアンドペースト)できる人間の方が価値がある存在なのだ。そういう時代。流行のアニメや,いじりやすいネタ,たとえば作画が崩壊しているアニメをネタとして楽しむだけの時代。そして,そのような軟派族がオタクと呼ばれる時代。不快になるのは理解できなくないが,焦燥はなにも生まない。ただ受け入れるしかないのである。


一部に受けるネタや,一部にしか受けないネタに価値は無くなった。
誰かが言ったように,マルクス・エンゲルスの『資本論』や『家族・私有財産・国家の起源』を読む人間より,庵野モヨコの『働きマン』を読む人間の方が社会的に強いのである。なぜならば,誰もエンゲルスの著作なんて読んではいないから。
それと同じように,第三世代の人間でJ9シリーズやゴーショーグンに詳しい者がいたとしても,周りの人間が反応してくれない以上,それはほとんど価値のない情報になるのだ。
それゆえに,歴史はどんどん軽視され,知識よりもグルーヴ(ノリ)や時事ネタが重要視されていく。これは,ただでさえワンクールに60本もアニメが放送されているのに,過去の作品なんて見てられないよ,という若者の悲鳴でもある。



オタクはまだ死んではない。勝手に殺さないで欲しいとすら思う。
オタクは此処にいるし,いまも増殖している。



確かに岡田氏はオタクブームの立て役者でもあり,制作側として八〇年代後半からナディアまでのアニメ界を支えてきた偉人でもある。平成オタク談議などからも分かるように,アニメ・ゲーム・漫画以外のサブカルチャーにも精通するお人でもある。
だが自分こそが,"オタクという概念"の最側近者あるという自意識を持つのはどうなのだろうか。エリート主義に凝り固まるオタクもいるし,萌えアニメとタイプムーンが世界の全てだと思っているオタクもいるのだ。そしてそれは悪いことではない。視野が狭いから,良くないと言うならば,ゼビウスにしか興味が無かったゲームフリークな人間が,かのポケットモンスターを作り上げた実例をどう説明する。

オタクには多様性がある。それこそ,『オタクのためのオタク』から,ストロー級のオタクまで,その多様性の存在が世界を回し,塗り替えるのではないか。その無差別級でインター(トランス)コンチネンタルな多様的存在が,オタクをさらなる次元へと導くのではないか。そういう可能性を無視する態度には僕は賛成できない。これは多分僕が若いからだろう。それを幻想と了解した上での発言。


オタクは死んだと岡田氏は声高にいうけれども,僕らは楽しくオタクライフを楽しんでいるために,"オタクの死"という岡田氏の突きつける現実に,まったく現実感(リアリティー)を持つこと出来ない。
別にそれは僕らオタク第三世代だけではなく,周りを見渡せばオタク第二世代もそれなりに楽しそうにオタクライフを送っているような気がするし,なにかそこに僕たちのオタクライフを脅かす不安要因,言い換えれば障害が発生しているとはとても思えない。

そのリアルではない現実を過酷な現実として受け止め,涙を流して

「オタクは死んだ,これはオタクの葬式である!!」

と熱く語られても,僕らは口をぽかーんと開けて,あっけにとられるしかないのだ。


三島由紀夫と岡田斗司夫の存在がダブって見える。


市ヶ谷で割腹自殺したゲイの小説家みたいに,一人で思い悩んで,挙げ句の果てに興奮して阿波踊りを踊りだしたようにしかみえなかった。というより,印象が完全にダブる。

場所が市ヶ谷から新宿の地下2階に変わっただけ。

(オタク原理主義者=岡田斗司夫シンパ族 の登場説)


(※ オタク原理主義なんて馬鹿みたいじゃない。っていうか,そこにどんなメリットがあるのよ。利益が無いところに政治は生まれない。オタク民族復興の具体的な利益を提示できなかった時点で岡田斗司夫は負けていたんだよ。)



そもそも僕は(現在22歳),はじめからオタク統一民族なる幻想を信じてはいない。というより,そのような幻想が本当にあったのかすら疑わしく感じてしまう。同じアニメファンであっても,声優オタクと作画オタクは相容れない存在であり,敵対するようなことも頻繁にあり,それが現実として当たり前のことであった。

つまり僕らにとって,物心付いた頃から,オタクというものはセクト化(宗派化)していたのである。

中核の人間が核マル連中と仲良く出来ないのと同じように,キリスト教アタナシウス派とアリウス派が仲良くないのと同じように,オタクはセクト化し,閉じこもっているのである。そしてそれを打開するためにプチクリが有効かと言えば,僕はそうは思えない。支流として細分化してしまった川が,また大きな一本の川に戻るには,個人の力ではなく,天変地異のような外的な強い要因が必要だ。あるいは長い時間が必要になることだろう。
そんな天変地異(革命)を起こすことが,個人の力で可能か不可能か,僕には分からないが,この過度の情報化社会であっても,オタク民族が復活しないことをみるにつけ,それは難しいと思わざるを得ない。


そもそも,オタクを復活させるためにはプチクリの概念が重要だと岡田氏は言うが,今やブログやSNSの全盛期。岡田氏がプチクリを提案しなくとも,そこかしこでプチクリが行われているのである。そして「オタク/数百万人」のブログユーザーがプチクリをしているにも関わらず,岡田氏の愛すべきオタク統一民族は死んでいくのである。

これはなぜなのか?

というより,プチクリは本当にオタクを復活させるのか?あるいは新しいオタク像を生み出すのか?やはり疑問は残る。

その3へ続く 
山本寛と涼宮ハルヒ
涼宮ハルヒの憂鬱における山本寛さんの仕事に,総合的評価を下すのは時期尚早だと思う。
だけれどもあまりに演出が面白い,というか,アニメ制作に対する熱意がひしひしと映像から伝わってくるので,おもしろがらずにはいられないのである。今のアニメ界の潮流に反することなく,だけれども,なんとか"ライトなステップのアニメ"を乗り越えようとあがく姿勢を映像で目の当たりして,それを無視するわけにはいかない。

OPやEDに有名アニメーターを起用して,作品本編の出来から目を逸らさせようとするアニメが最近多いけれど(女子高生とかひまわりとか),やはりアニメは本編があってなんぼな訳だし,僕らアニメファンも,アニメーターや演出家の仕事を,アニメ本編で見たいわけですよ。
そんなアニメ砂漠の昨今において,OP・ED本編と,全てにこだわりを見せる,まるで特撮のように細部まで意識を張り巡らせたアニメを仕上げる京アニスタッフの気概(スピリット)が,僕ら若い世代には素晴らしく写るわけです。それ故に絶賛してしまうわけです。別に僕が絶賛しなくてもどこぞの名無しさん達が絶賛してくれるのだろうけれど,一応。

ハルヒ第八話に於けるサイレント・初期のトーキー調の実写パートは,あまりにも唐突過ぎて吹き出してしまった。
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陰の付け方がサイレント調なんだよな。
市立図書館で,眠たさをこらえて見た古い映画そのまんま。
何を意識して山本寛さんはこの映像を撮ったのだろうか。怪僧ラスプーチンだったかポチョムキンだったか,古いソ連製の映画で似たようなシーンを見た気がするのだけれど思い出せない。


追記
山本寛氏本人から返事を戴きました。やはり,実写パートは"一枚以上"噛んでいるそうです。実は,その一枚以上がどのくらいなのかを知りたかったのだけれど,別の場所でと云うことらしいです。楽しみにしておきます。
大平晋也をラフる (大平晋也のgoogle HIT数を上げる会 活動)
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大平晋也の"ブレ"を再現。

スキャナの使い方が難しい。B5でスキャンすると色が薄くなる。何でだろ何でだろ。


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こっちは2ヶ月ぐらい前に書いた大平晋也の模写。
重心の置き方と,手(肩)の位置が特徴的。
僕に足りないもの
パジャント 一時間30分くらい

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全身全霊を込めて書き上げようかと思っていたが,たった1時間ちょいで挫折。立体をどうしても表現できない。どう足掻いても平面的になる。その上,髪がかけない。画力が決定的に足りない。嘆いても仕方がないけど,嘆くしかない

スキャナーを買った(なけなしの金で)
テスト
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なんだか目で見た絵と,スキャンした絵の差が結構あって凹む。
スキャンしてみると,主線の歪みとかがビックリするほど克明になることを知る。
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エウメネスのつもり

岩明均の画力が殆ど進化していないのは世界七不思議の一つだと思う。
げんしけんが今月で最終回らしい。しょうがないから買って読むか。でも600円すら捻出できない極貧節約生活。すべてはスキャナのせいなのだが,これはしょうがないことだろう。
オタクイズデッド ? オタク・イズ・デッド  ? オタク is dead ? otaku is dead ? オタクは死んだ? 岡田斗司夫へのレスポンス編 その1
イベントに参加してきた。
とりあえず岡田氏の主張をまとめる。

・カタカナの"オタク"とひがらなの"おたく"の違いは人称(視点)の違いである。おたくは蔑称(他称)だったが,おたくは"オタク"と自分で名乗り返すことで戦闘的な姿勢を手に入れた。

・自分が好きなものを自分で決めて,社会からのどんな圧力にも屈しないのが,かつてのオタクの姿であった。(つまりオタクがオタクであるためには精神力と知識・知性が要求された)

・かつてのオタクは,オタクになることで,"人間",あるいは,"一般人"という括り(限界)を越えようとした。つまりオタクは超人思想(ウルトラマン)の持ち主であり,それと同時に本当に超人でもあった
(体育会系オタクという発想)

・かつてのオタクは思想が体育会系(男根主義的)であり,沢山本を読んで,映像を目にしているやつが偉かった。そして物欲が異常に強かった。

・当時の意識として,作品をどん欲に求めていくことが自分を高めるための修行としてとらえられていた。あるいはその姿勢が重要視された。

・好きかどうかよりも必要性で作品に触れる時代。(~1980前後まで)

・キャラクター造形学科に所属しながらドラゴンボールを見たことのない大学生がいるらしい。(漫画・アニメの歴史を軽視するオタクの増加)

・オタクになるためには厳しい修行が求められるため,オタクのハードルは高く,そのハードルが軟派な他者を排除するための独特のバリアとして機能していた。

・文化・民族を維持し保護するものは,まさしくその排他的バリアである。(例 ユダヤ人・在日朝鮮人)だが今現在,オタクになるためのハードルが低くなり,その結果バリアが消え,オタク民族の共通意識が消えてしまった。
(オタク統一民族という集合体・コミュニティー・社会・幻想の崩壊)

・オタク選民思想(ユダヤ教)から,みんなのオタク(キリスト教)へ,移行(軟化)。

・最近のオタクは否定を良く口にする。それは"差異"ばかり気になるため。全体を捉える能力が欠如し始めている,というか必要されなくなってきている。

・萌えを最重要論点として捉える,アカデミズム出身の論客の主張・論調は局所的すぎるため,論としての体裁をなし得ていない。

・萌えを必要としていないオタクは沢山いる

・しだいにアニメ・ゲームが逃避・避難のよりどころになり,『私の問題』(アイデンティティ)として扱われるようになる。

・"萌え"という概念がオタクのジェンダーやセクシャリズムに深く介入し始めたために,オタク趣味が個人の自己同一性にとって,より重要度を増すことになる。それ故に,幅広い知識よりも特定作品・人物に対する深い愛が重要視される時代が到来することとなる。
(オタク=2次元コンプレックス という認識の固定化)
(形容詞で作品を語る時代の到来)
※良い・悪い,好き・嫌いだけで作品を語るオタクの増加。

・だからといってオタク第一世代(貴族主義者)のように自信満々とオタク趣味を誇ることも出来ず,第二世代のようにアカデミズムに逃げる(アカデミズムでオタクを肯定する)ことも出来ない。出来ることといったら,社会に適応できない自分をひたすら卑下するか,周りにオタク趣味を隠し通すことぐらい。或いはネットで友達(会話相手)を捜すか。その程度。

・そのためゼネプロのような創作集団が生まれてこない。(岡田はこの点には言及していなかったが,たぶんそこまでいいたかったと思われるので敢えて掲載)
(オタクの行動力・フットワークの低下)



・オタクは死んだ あるいは もうすぐ死ぬ

・そして終盤20分に渡る,よく分からない岡田斗司夫の"男泣き"

・オタクを死と破滅から救うのはプチクリである







"オタク is dead"のイベントは『プチクリ』の前フリ(宣伝)に過ぎなかったのか?
http://buchi21.blog64.fc2.com/blog-entry-86.html


岡田斗司夫の本当のねらいは?
岡田はなぜオタクを殺したいのか?
http://www.st.rim.or.jp/~nmisaki/


その後のオタキングの反応
http://buchi21.blog64.fc2.com/blog-entry-87.html


その2・3へ続く
http://buchi21.blog64.fc2.com/blog-entry-81.html
http://buchi21.blog64.fc2.com/blog-entry-82.html


オタク is dead 参加者からの反応まとめ(全員参加者ではない むしろイベント参加者は少数)
http://buchi21.blog64.fc2.com/blog-entry-83.html
オタクイズデッド ? オタク・イズ・デッド ? オタク is dead ? otaku is dead ? オタクは死んだ? その0
語らなければいけないことは幾らでもあるが,他人を納得させる語り方を僕は知らない。

子どもが吹く口笛と,大人が吹く口笛は全く違うものである。
最近まで気が付かなかった。

「オタクを勝手に殺すな!」と僕は心の中で何度も何度も叫んだけれど,涙を見せる岡田の前に僕ごときに出来ることは何一つとして無かった。あの涙は,理解されなくなりつつある自分への涙なのであろうし,理解できなくなりつつあるオタク新生代への最大限の抵抗でもあるのだろう。

僕はオタクではない。オタクの味方なだけだ。



その1・2・3に続く。
さいきんとみに自分の駄目さを痛感するなぁ。遅れているというか,付いていけない悲しさ。気分はまだ17歳。いや,これが冗談じゃなくてマジなんだな。
アニメ回顧録
1995年 鬼神童子ZENKI OP
http://www.youtube.com/watch?v=HDPwQ4SOsOg
52~53秒が渡辺圭祐。
1分22秒前後も怪しい。
みてたかな?僕は見ていました。ただ,お話は稚拙で退屈なものだったと記憶している。見返せと言われても見返したくはない作品。ただOPはかなり良い出来。今見ても新鮮。今見るからこそ新鮮。
opのスタッフリストが欲しいところ。


この頃のアニメでもっとも見返す必要があると僕が考えているのは,これ

Blue Seed op
http://www.youtube.com/watch?v=G53e2qbEyxc&search=blue%20seed%E3%80%80

あおい~あおい~蒼井そら

エヴァ以前のテレ東アニメで,もっとも印象に残っているアニメーション。たしか女性の乳首を初めて見たのもこのアニメではなかったか。

まだwindows95が発売されていないというのにopにCGを使っている。制作はプロダクションI.G。キャラクターデザインが,今や1000万円アニメーターの黄瀬和哉その人。
作画的な見所もさることながら,お話もしっかりしていたので,機会と金があれば是非見返したい。水戸には無かった。東京なら見られる!絶対に!!




メモ
くじびきアンバランス スピンオフでアニメ化
http://www.uploda.org/uporg398370.jpg
アニメーション制作 亜細亜堂

桃井はる子が絡んでくるのかどうかが最大の関心事
亜細亜堂初の萌えアニメと云うのもかなり気になる。

亜細亜堂と聞いて真っ先に思い出すのが,忍たま乱太郎
http://www.youtube.com/watch?v=TMbd0b12Qqs&search=nintama%20
コンテは多分,芝山努氏 
俺,青と白のストライプのパンツが好きなんで,次合うときよろしく
一日中頭が痛かった。きっと二日酔いだと思って放置していたが,未だ治らず。
一日中喉が痛かった。きっとたばこの吸いすぎだと思って放置していたが,未だ治らず。
ああ風邪を引いてしまったようだ

食堂で馬鹿田大学生が騒いでいる。
入学一ヶ月目にして彼女をこさえた男が,皆の前で得意げに彼女に電話をしている。
顔は並より上,ガタイは並,服はジャージ
電話越しに卑猥なことを言ったり,言わせたり。
携帯電話ごと回して,友人にセクハラをさせてニヤニヤしている。
「俺,○×の友人の△っていうんですけど,○×のアソコの具合はどうですか?」
まるでリンカーンセクハラ。酷い男だな。
セクハラ一分10円。
セクハラ割。

「俺,青と白のストライプのパンツがマイフェイバリットだから,次合うときよろしく」
何が楽しいのか分からないが,周りの奴までゲラゲラ笑いだす。
心の中では厳しい顔をしている癖に,体裁だけは明るくよろしく。
今笑った奴らは今晩,何を思いオナニーに励むのか。
体育会系のノリがどうも苦手。大学生のノリがどうも苦手。
キューバ人に生まれたかった
今日も朝の5時からバカルディの一気のみ。
なんか人生がどうでも良くなる瞬間。
あ~ ラム酒,マジで旨いわ。
同価格帯のウィスキーに引けを取らない香り,味,アルコール度数
むしろラム酒の方がコストパフォーマンスが高い気がする。
ただアルコール臭いだけのヴォトカなんて目じゃないよ。
あ~マジで旨い。旨すぎるよラム酒。
親の金と,出家する覚悟が絶対に必要な世界
見まごうことなき沼田誠也の世界。素晴らしいケレン味の美観。
美しさすら漂う狂気。
それでいて目元がチャームなんだなこれが。

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沼田氏は理性を飛ばした絵を描くのが上手い。
ここでは作画監督だから,顔全体にキャラ修正を入れていると思われる。
明らかにチャイルド・プレイのチャッキーを意識している。
目と口のバランスの悪さがイカス。

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見よこのアンバランスな魚の目パースを。

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動画も動画ではっちゃけている
やばい,こまった,もうのめないよ
少し上手い酒を飲むと,トリスが飲めなくなる。
あの消毒液のような匂いに慣れきっていたつもりなのに,ほんの少しだけアッパークラスの酒を飲むだけで,アットいう間に口に出来なくなる不思議。トリスは本当に,常識外の味がする。それが逆に良かったりするのだけれど,だめだ,しばらく飲めそうにない。
明日からはバカルディ。トリスもブラックニッカもお預け。心が落ち着くまで,ラム酒で現実を逃避しよう。そんなことを考える午前5時。今日も朝っぱらから酒を飲んでいますよ。
マイ・ファニー・バランタイン
10時30分に家を出て近所のスーパーマーケットで酒とつまみを購入。酒はバランタインファイネスト。これでも奮発しました。急に懐が寂しくなる。15分後に吉祥通りへ,11時10分に吉祥寺駅前に到着。買い物時間を除いて,ひばりヶ丘から約25分。近すぎるぜ,吉祥寺。暫く吉祥寺探索。
後輩ホストが先輩ホストに怒鳴られている。11時45分にバウハウスへ。7畳ぐらいのスペースに15人前後がひしめいていて座る場所がない。というか落ち着いて立っていられる場所もない。そんな手持ちぶさたなバウハウスに,ひたすら困惑していると,11時50分頃に加藤君登場。とりあえず胸ぐらをつかんで「畜生この野郎○×△@」と知っている限りの罵詈雑言を浴びせ,手持ちぶさたな状況を説明すると,まぁ確かにどうしようもないと云うことで,井の頭公園へ行くことにする。井の頭公園で乗馬を楽しみ,伊勢屋の思い出と,綺麗なエリちゃんの思い出と,失恋の話と,無機質な人工建造物の話と,多摩市の話と,団地と高層ビルの構図の話と,古本屋の話と,Ⅱ映の話と,ハギノヤの話などをしつつ,ビールをゴクリ。写真を撮って貰う。どちらかというと加藤君が自発的に話してくれた感じ。すこしテンション高め。まさしく青春の一ページを切り取ったかのような一瞬。こういう時間が大好きです。

どうしてホステスはほぼ全員シルクのドレスを着ているのだろうか。
ホテルニューヨーク,名前がやばすぎるぜ。
これからの時代はニューヤークで万歳特攻だろ,みたいなことを言ってみるけど反応無し。ネタを振ることの難しさ。とほほ

バウハウスはフリードリンク制らしい。みんなが持ち込んだ酒をみんなで分け合って飲むというスタイル。僕チンがもちこんだバランタインは結局誰も飲まなかったようだ。みんなビールと焼酎ばかり飲んでいる。僕もビールとワインと杏子酒ばかり飲んでいた。
そしてipodと,黒岩君と,沼田君と,仕事が終わらない話し。
結構みんな埃風を読んでいるらしく,というより文芸同好会・部の頃の馴れ初め話まで知っているらしく,「もしかして,あの3人衆の一人ですか」と何人かに声をかけられる。そしてバギー君の異常さやK君の人脈の広さなんかを皆が奇妙なくらいにほめたたえていた。なんだか少し気持ちが悪かった。

トマトチキンカレーとブロッコリーの総菜が旨い。
松屋のカレーに味が似ていますねとスタッフの方に言ったのだけれど,話が通じず。と云うより"微妙な味"と,とらえられてしまったらしく,松屋のカレーの独特な旨さを力説する羽目に。

初対面の女性にいきなりボディタッチをされたり,ひっぱたかれたり,トイレから出てきたばかりの女性に「ねぇ,匂い嗅いで~」と手の匂いを嗅がされたりと色々刺激的なことがおきた。えっ,この人自分のションベンの匂いを男に嗅がせたい変態さんなのかな?とマジで焦ったけれど,石鹸の匂いしかしなかったので安心した。そこまでおかしくはないらしい。酔っぱらうと理性が吹っ飛ぶのは男性も女性も変わりが無いということを体を持って知る。トイレから出てきて,知らない男性にいきなり手の匂いを嗅がせてくるなんて異常ですよ,そこのお嬢さん。嫌いじゃないですけど。

ズブロッカをショットする。"共産主義万歳"とか叫びながら3杯飲み干す。そろそろ胃の中で革命が起き始める。キンキンに冷してあるからあまり意識しなかったけれど,ズブロッカも40度ありますから。その後はバランタインの水割り・コーラ割りに移行。うんうん,旨いよスコッチ。

この時点で加藤君はヘロヘロな感じ。現在2時半。あんまり飲んでいないと思われるので多分精神的な問題か。DJはみんなすごく上手い感じ。ルーチンジャズなんて目じゃないよ。
3時10分から加藤君のプレイ。今日はお金も払っていないらしく,しがらみのない身内イベントなので凄く気合いが入っているみたいなことを言っていた。でもなんだかヘロヘロしている。つなぐタイミングもちょっと微妙。
相変わらず日本語ラップ(ECD)やJ-ポップをジャズやテクノなんかとつないでいて,「選曲が良いよね」と知らない人が結構ほめていた。そうなのかと感心していると,音が10秒近く消えるハプニングが発生。
「なにやってんだDJ」
「それでもDJか」
などと観衆(先輩)に野次られるk君。焦りが見て取れる。
「あれっ,あれ,あれ~」
と焦るk君をみて少し笑ってしまった。だっておかしかったんだもん。すみません。

そんなこんなであっという間にDJ終了。落ち込む背中のk君にどう声をかけていいか分からず,「選曲はよかったけど,つなぎは微妙だったと」と率直な感想を言うと,押し黙ってしまう。こんな瞬間に,本当に僕は馬鹿だなぁと付くづく思うわけで。かといって「最高だったよ」とか適当なことを云うわけにも行かず,こういうときのフォローの仕方を教えて欲しい。

5時15分にイベント終了。アフターは日高屋へ。
加藤君は飲み足りないらしく,僕と沼田君と加藤君で瓶ビールを分けっこする。勘定は何故か沼田君持ち。ほんとごめんなさい。
あとはずっと石井氏のモテナイ話とモテタイ話と子供を作りたい話と仕事場での失敗談という微妙な話を,延々1時間聞き続ける。一番下っ端,というか部外者の僕は,例え不自然でも場を盛り下げないためにひたすら笑い続けるしかなかった。だって話題が話題だし,女性の指を触りたいと力説する三十路に送れるエールと云えばそれぐらいしか思いつかなかったのだ。ラジオに於ける構成作家の笑いにも似た,ドリフのわざとらしい笑いにも似た,場を無理矢理にでも盛り上げるための不思議な笑い。こういう笑いの重要性を知る。

最後にK君にお小遣いをあげて終了。小遣いをあげる難しさ。いやらしくならないように,相手を不快にさせないように,それでいて気持ちの籠もるように。やっぱ生きることは難しい。そんな結論を抱いて,今日も自転車に乗ってベルを鳴らし隣の町まで帰宅する。
ここ黒いわ~
「○×(僕の名前)はもう少し先鋭的にならなきゃだめだよ」
と初っぱなから駄目出しを食らう。下らないことを下らないままに意識的に発言していたら,そういわれてしまった。喋ることが億劫と云うのが,ここ数年の悩みでもあり,問題の枢軸でもある。なんというか,例え人と道を歩いていても,自分が自分以外の生命体と道を一緒に歩いていて,そして談笑していると云うことがどうしても信じられなくて,喋ることをためらってしまう感じ。例え話題を自分から振って,そのことについて話していても,途中で自分が何を話しているのか分からなくなったりとか,途中で喋っていること自体が馬鹿らしくなったりとか,あ~喋るのめんどくさいなと思ったりとか,ようするに,何を,どう話していいのか分からないんです。そんなもんだから,何もしないよりは何かをした方がましだと思って下らないことをしたりするのですが,だいたい空回りしてしまいます。多分それはぎこちなさのせいでしょう。ジャンプするのにだって訓練はいるんです。話の盛り上げ方や笑いの取り方なんてとっくの昔に忘れたよ。しばらく喋ることを放棄していると,人は喋る方法でさえも忘れてしまう。分かんないだろうね。重くのしかかる現実。

言いたいことがないんです。
伝えたいことがないんです。
伝える相手がいなかったんです。
全て言い訳です。

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