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奥山順市のアナーキー・フィルム・フェスティバルにいってきた
言語を超越しようとすると必ず言語が付きまとう。そんな平凡な事実を再確認するような映画祭だった。

http://www.imageforum.co.jp/okuyama/

okuyama-a.jpg

TKY200606210409.jpg



圧巻だったのは『切断』だろう。日本ではじめてVJを行った奥山順市の記録映像。映画の上映中に奥山がフィルムを切断し,フィルムをフライパンで揚げてみたり,擦ったり,燃やしたり,生でフィルムを加工し,それを上映する実験映像。もちろん奥山がフィルムを加工している間は,観客はブラックアウトしたスクリーンを延々見続けなければいけない。1分あるいは2分。正直しんどかったが,このケツのモジモジ感も作品の一部なのだろうということで自分を納得させ,耐え忍んだ。1969年時点のインスタレーション。フルクサスもビックリの前衛さ。

モダン・ウンチング・タイムスは,一日に食べたものを淡々と読み上げながら,その結果お尻から生まれてきた黒い物体を観客に見せ続けるというスカトロチックな実験映像。モンタージュ処理が加えられており,当時の学生運動の映像が薄くバックに流れていたため,それほど気持ち悪い映像ではなかった。上映中,僕も新しいブログを立ち上げて真似してみようか,スカトロ好きにウケるんじゃないかとか,そんなくだらないことを考えていた。

その他の作品は,わりかし退屈で,ひたすらリピートし続けるイメージの連鎖にあくびを一つ。僕の両隣の映画好きは涎を垂らし続けていた。奥山自身が何かフィルムに加工をしていることだけは伝わってきたが,説明されなければそこで何が行われているのか分かるわけが無い。フィルムが擦り切れていったり,溶けたり,燃えたりすると云う,目に見える事実を確認するだけの作業になってしまっていたのが残念だった。
上映後に奥山から各作品に説明が入り,ようやく彼が当時映写機の前で何をしていて,何を写していたのかを詳しく知る。言語無しに言語を超えることは出来ない。そんな結論。

宇川直宏が「ライブじゃなくちゃ奥山さんの映像は理解できない」と語っていたが,まさしくその通りだと思った。彼の映像とそれに伴うパフォーマンスはフィルムに記録されたとたんに意味を大幅に失ってしまうのだろう。逆説的でおかしな話だが。


それと,やはり映像がくど過ぎる。フィルムが溶け出した時は正直度肝を抜かれたが,10分も同じことを繰り返されると,やはりマンネリしてしまう。どんなに斬新で気持ちよくても,10分間も同じ体位を続けられたら飽きがきてしまう。そういうこと。
構造映画という概念も悪くは無いが,もう少し飽きずにみられる映像も流してほしかった。これはプログラムを組んだ人間に対する批判でもある。やっぱり実験と名の付くものを鑑賞するときは寝そべって焼酎を煽りながら聴く/見る/読むに限る。


そういう意味でも,奥山順市は早すぎたVJなのだろう。
フロアでみたら楽しそう。



うんこやゲロがスクリーンに写るたびに「ぎゃはは」「すげー」「プゲラ」とオーバーリアクションをとる人が後ろの席にいて,うるさいな空気読めよと心の中で愚痴をこぼしていたら,宇川直宏だった。それだけ。



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