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ハチクロⅡ第5話 - もし好きな女に何かあった時にさ、『何も考えずにしばらく休め』って言えるくらいは、なんかさ、持っていたいんだよね
真山「もし好きな女に何かあった時にさ、『何も考えずにしばらく休め』って言えるくらいは、なんかさ、持っていたいんだよね(お金を)」
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原作がどうなっていたか最早覚えていないけれど,こんなシリアスなシーンにキャラの顔をコミカライズするのには,やや抵抗感を感じた。必然性を感じない。気のせいかも知れないけど竹本が竹内顔だし。



大学生の脳裏を巡る駄文より
http://blog.livedoor.jp/gaspard_de_la_nuit/archives/50501850.html

(ハチクロには批評性がある。だから許せる。と主張するブログからネタを引用。『美しいものを美しいままに描いた物語』をどうしても許容できないらしいけれど,ハチクロは大丈夫らしい。)

■ハチクロに於ける愛と死とギャグ

ハチクロは、僕の言う物語の中心的テーマ「愛と死」から微妙にズレて、ギャグと愛を並列させ、ときに竹本の自分探しのような青臭いながらに(作者はそれに自覚的であり、ギャグとしても成立させている)普遍的なテーマを盛り込むことで、現代人にとってある程度安心して感情移入できる物語として人気を博した。

ギャグを恋愛と対等に近い位置に持ってくるというのは、実はそれなりのリアリティの確保にもなっている。親や恋人が死んだ一週間後には友人との馬鹿話で笑わなければならないというのが残酷ながらに現実の世界である。悲しいことに、悲しんでばかりはいられない。

~中略~

愛という物語にとって根本的でありながらありがちになってしまうテーマを日常的ギャグと軽いオタクネタによって「脱臼させる」上手さは、一般的なハチクロ人気の原因であるかどうかは知らないが、少なくとも僕には高評価を与える原因となっている。有名だとは思うが、リカさんの外見は明らかに綾波レイである。


一理ある意見だとは思うけれど,ハチクロに於けるギャグってテンポを確保するための潤滑剤以上の役割を果たしているとは思えないんだよなぁ。少女漫画を実写化した"あいのり"に於いて,食事シーンや観光シーンが果たしている役割とほぼ同じような,DJに於けるスクラッチと同じような。つまり休止符のような働きをしていているのであって,それ以上でも以下でもないのではないだろうか。

それはシリアスな展開を描写する事への作者の照れ隠しとも受け取れるけれど,ようするにテンポと同じ事だしね。少なくとも,ウミノギャグにリアリズムを感じることは殆ど無い。僕は。


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こういう風に,ギャグシーンになると必ずコマ(レイアウト)が4コマ漫画っぽくなったり,これはアニメ限定だけれどここぞと言うシーンには必ずポップスが流れたりと(10年前のスピッツの曲とか),意外とハチクロって分かり易い王道漫画/アニメなんだよね。懐古主義というか,「こういうのが理想だった時代もあったよね~」という思い出ロックを奏でているように見えてしまう。良い意味で。

もっと砕けた言い方をすると『90年代前半の月9ドラマ』っぽいんだよ,全体的に。だから女性全般に受けが良い。

同人系少女漫画の文脈上にあるやや歪んだ"美"や"美意識"を取り入れているから,確かにちょっとだけオルタナに見えるのかも知れないけど,根は王道。

大人(社会)をしっかり描くといった側面も確かに少女漫画にしては異端だとは思うけれど,それはあくまでもエッセンスでしかないし,やはり物語の主軸は「決して結ばれぬ恋」というお涙頂戴ものなわけで,事実,読者の多くは""甘く切ない""というありきたりな言葉に全てを収斂させてしまっている。(amazonレビュー参照。)というか,""甘く切ない""の一言で9巻分の物語を形容できちゃうんだよね。

切ないものを切ないままに描いた漫画,それがハチクロ

そこに批評性が有るのかと言えば,疑問が残る


そもそも少女漫画は普遍性の塊であるし,恋愛なんて日常の延長に置かれているモノであるはず。斜に構えた感性なんてノイズでしかない。
決して成就しない恋愛劇と時折挿入されるギャグという点においては「のだめカンタービレ」も「ハチクロ」も同じ文脈上にある。やはり,ハチクロの面白さをギャグに内在されると云う批評性を頼りに解析するのは,無謀というものだろう。



山田マン泣きすぎ
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~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


ハチミツとクローバー 第5話
脚本 黒田洋介
絵コンテ・演出 浅野勝也
作画監督 井嶋けい子
原画
鳥 宏明 井本由紀 竹内哲也
櫻井親良 川西才治 野村美沙子
大塚舞 川田剛 野崎麗子
岡勇一 安倍美沙緒 西村郁
橋本香織 奥村幸子 藤井結
井嶋けい子



アニメ版ハチクロをついつい見てしまうのは,山田の処女性が純粋に気になるというのと,ギャグシーンのコミカルな描写がかなり丁寧であり,でも意外とサッパリしていて,すんなり受け入れられるという点に尽きる気がする。

コマ割りの存在しないアニメでは,絵的に映えるギャグ描写はどうしても強調されてしまいがちになるのだけれど,それを意識的に稀釈させているというか,さり気なくて非常に心地良い。
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音楽の使い方が上手いというのもあるのでしょうが。



作画の話を敢えてするとしたら,この辺の髪の動かしかたや,ゆらゆらした体重移動が独特で,上手いですね。
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竹内哲也さん?
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コメント
この記事へのコメント
無論、一般的な読者(主に女性)にとってはハチクロの「夜」や「雨」や「私的な心情描写」が重要で、ギャグはテンポでしかないというのは正確だとは思う。恋愛が成就しない少女漫画だって当然あるわけだし、それは王道の枠内だということも知っている(だから人気がある)。
とはいえ、ハチクロを「甘く切ない」という少女漫画の常套句で括ってしまうのは、相当な怠惰であると言わざるを得ない。ハチクロの少女漫画的な物語は実はかなり薄くて、連載中は物語の引き伸ばしに苛立っていた人たちも多い。むしろ、必要以上のギャグ(ノイズ)で物語が埋められている。異常の量の休止符と言ってもよい。そのノイズをすべて切り捨てれば「甘く切ない」が残るのはわかるが、それは分かりやすい物語を取り出しているだけに過ぎない。
2006/08/06 (日) 09:56:27 | URL | スパルタ某 #-[ 編集]
切ないものを切ないままに描いた王道的描写はハチクロに於いても基調として重要である。とはいえ、それよりも僕が目を向けるのはギャグに於ける引き延ばしの部分だ。
そこにあるのは、まさに「終わりなき日常」の体現である。それが「月9」っぽさなのかは知らないが、とりあえず物語の主軸は王道的恋愛にあるにもかかわらず、それに対して必要以上のギャグ(ノイズ)を投げかける姿勢に感動するわけだ。
あと批評性の姿勢はギャグに乗せられて出てくるが、ギャグそのものが批評的だということではない。批評性は作者の(現代人として真っ当な)姿勢である。
「少女漫画であるハチクロがノイズを出し続けている」ことを評価するか、「ハチクロは少女漫画だから普遍的である」といって放置するかの違いだろうか。
2006/08/06 (日) 10:16:20 | URL | スパルタ某 #-[ 編集]
また愛と死か!
現在の状況すなわち日常に対する差異こそが芸術にとっての価値である!
無自覚な反復は芸術に対する冒涜である!
愛と死を捨てよ!
もっと差異を!

アンチポエム論より引用

ハチクロとその辺に転がってる少女漫画には差異があることは確かに感じるけれど,それが何なのか僕にはよく分からない。「柔軟剤使ったか」「いいえ,洗剤買えただけッス!」みたいなギャグが目新しかったかと云えば,そうでもないと思うし。

本気で同人漫画を書くという姿勢が,やっぱ新しかったのかなぁ。
2006/08/06 (日) 18:47:20 | URL | @管理人 #BwyjpNMY[ 編集]
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