電源を入れてください~都市ノォト~
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言葉はいつも残酷だった
ク・ナウカの演劇を入場料だけでみられるという喜び。それでも一人5000円


僕の書いた文章を内海は中傷文と受け取ったのであり,それゆえに憤怒したのだという結論に,二日かけてたどり着く。

『"駄目"なものについては語らない方が得策である』


という結論というか,無駄な軋轢をさけて上手く生きていくための知恵として,教訓として心にとどめていきたい。駄目なものについては語らない,二流三流は無視する,そして見ない振り,語らないふり,語れないふり。批判は一円も生むことはない。黙することの重要性。意見の相違は時に死に直結する。相手に合わせることの重要性,おだてることの重要性,自分の意見を言わない重要性,"社会"で生き延びるための,生き残るために必要なこと。


『言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ,でも僕は信じている 言葉の力を』


僕も言葉の力を信じていた。そして過剰に信じすぎていた。時に無力で,冷酷で,諸刃の剣であることを忘れていた。誠意を込めて書けば批判的な評論も何とか許されると本気で信じていた。それ故に一万字の文章を,二五〇〇文字に5日かけて圧縮し,言葉を選び,直前まで修正を加えて(ボロボロになりながら)提出したのだ。だが拒絶された。酷いやり方で。


内海は自分の芸術性や作品に過剰な評価を与えていた。
そして社会から正当に評価されないことの不満を愚痴っていた。
「俺の絵は死んだ後に評価される,ゴッホのように」
「何故俺が美大の教授になれないのか」
と。
はじめはギャグだと思っていたが,どうやら真面目に言っているらしいことに気が付き僕は不信感を強めた。
冷静に考えれば,美術界から評価されないこと=自分は二流の画家である,という客観的評価として受け取れるのだろうが,それを認めたくない(認められない)人たちがいる。
「東大・早稲田・慶応の教授が俺の個展を見に来た」
彼はそう嬉々として語った。まるでそれが自分の作品の価値を高めているかのようなそぶりで。よかったね。友達が多くて。
権力権力権力権力
美術と芸術につきまとう金とコネと権力の実態。
東大・早稲田・慶応の教授(非美術系)が個展を見に来たことと内海の芸術性は無縁であるはずだ。それを権力に置き換える態度。やはりどうしても反発してしまう。

僕はそのような人に対して,本当のことを言ってしまった。あるいは見当違いだったかもしれない。ただ,その手の客観性を内海は自己保身の為にどうしても許すことが出来なかったのだろう。そして僕は言葉によって拒絶された。

言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ

ほんとうにその通り。そして僕は言葉の力を信じなくなった。
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